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ameba JACK

一昨日、セミナーで出た質問に対して僕が答えた内容をシェアします。

この質問者は、僕からのアドバイス(自分のやりたいことを明確にしたかったら、同じく自分のやりたいことを明確にしたいと思っている人に対して僕の使っている手法を用いて、その人のやりたいことを明確にしてあげなさい。)に基づいて、実際に「貢献マインド」に基づく行動を起こしました。

根拠はこの文章です。
天命を誰よりも早く知りたいあなたへ(★)
(*こちらの文章は、メンバーサイトでご覧いただけます。)

でも、うまく話が続かなかったそうです。

その質問者に対して僕はこのようなことを話しました。

「なぜ、話が続かなかったかと言うと、自分のやりたいことを明確にするために、相談に乗ったからです。

典型的なジコチューマインドだということです。

もし、相談を受けた人のやりたいことを明確にしたいと言う気持ちで行っていたら、話は続くんです。相手のやりたいことも明確になるんです。

その相手の反応と、自分が答えた内容が自分に返ってきて、結果的に自分のやりたいことが前よりも客観的に見えるようになるんです。

これが貢献マインドのすごさなんです。

結局、重要なのは、マインドです。」




僕が本当の意味で伝えたいのは、今回の質問者が相談を受けたように、貢献マインドに基づいて行動をしていくと、自分の中にあるジコチューマインドが否が応でも見えてきます。

そのジコチューマインドをありのままに見てほしいということなんです。

決して、無理やりに愛したり、認めたりすると言うことじゃないんです。

このありのままに見ると言うことをキリスト教的な表現を使うと、愛する。ゆるす。

仏教の浄土門的な表現を使うと、たのむ。

サンスクリット語で、ナーモ。

中国語だと帰命。

禅宗的な表現を使うと、知る。

すべて、西田幾多郎さんの善の研究と言う書物に依拠した答え方です。


この書物では、直接経験と思惟と言う言葉で説明されています。


直接経験とは、物事を見るときに、一切の判断をさしはさまないでありのまま見ることをいいます。

思惟とは、物事に判断や感情をさしはさむことを言います。




たとえば、目の前にコップがあります。

ただ、目の前に厳然とコップが存在しています(直接経験)。

このコップに判断を加えるとこんな感じ。

「このコップの絵柄がきれいだなぁ」(思惟)。

「このコップに入っているコーラがおいしそうだなぁ」(思惟)。

これが、ありのままに見ることと、判断を加えることの違いです。



それと同様に、「貢献マインド」に基づいて様々な行動を起こしていくと、自分の中にある「ジコチューマインド」が見えてきます。

その見えてきた「ジコチューマインド」に一切の判断をさしはさまないことが重要です。



つまりこういうことです。

「貢献マインド」を実践したら、結局、自分の天命を明らかにするためにやっているだけだと言う心が見えた。

判断をさしはさむとこんな感じ。

「こんな汚いことを思っちゃいけない。」(思惟)

「こんな心を持っていたら、人に嫌われちゃうから嫌だ!」(思惟)

「自分が考えていることは、世の中の規範からして、明らかにまずい。だからこんな心は見たくない!」(思惟)

「メンターが、ありのままに見なさいと言っていたからやってみた。」(思惟)


ここでも、自分の中に厳然と存在するジコチューマインドに一切の判断(思惟)をさしはさまないでありのままにみることが大切だと言うことです。


これはとても勇気のいることです。でも、その勇気ある行動に立ち向かうことが重要だと考えています。

先達は、一切の例外なく、「自分の本当の心をありのまま見つめることが重要だ。それが、人間が幸せになる唯一の方法だ。」と言っています。






思い浮かぶ根拠はこんな感じです。

「よもすがら 仏の道を求むれば わが心にぞ たずね入りぬる」(源信僧都)

「仏道を習うは、自己を習うなり」(道元)

「実地上真の善とはただ一つあるのみである、即ち真の自己を知るというに尽きて居る。」(西田幾多郎)

「自分の望むものが何かわからなければ、それは手に入れることはできない。」(ジェイ・エイブラハム)

なぜ、このような言葉が残っているかと言うと、人間にとって、自分の本心を見ると言うのは、とても勇気にいる行動だし、近すぎるが故にとても難しいからです。





この最も難しい自分の心をありのままにみるということに焦点を定めて生きられた方々が、後世に名を残しているのです。

つまり、他の人たちと比べて崇高な生き方をされてきたということです。

≪職業・メンター≫JACK


追伸
実存主義の大家・キルケゴールの表現に変えると、直接経験が、現実存在(略して実存)、思惟が、本質存在ということになります。
※ただし、この解釈はJACK流の解釈で、世の中に認知されている解釈とは、若干ずれがあるので念のため。

追伸2
参考となる文章をリンクしておきます。
(*こちらの文章は、メンバーサイトでご覧いただけます。)
「第3回哲学講義」
第3回哲学講義(★★)

「インスピレーション・直感」
【愛】インスピレーション・直感(★★★以上の人向け)

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